16・本音-3

寒くなってはきたが、庭に出てくる者は少なくない。
「なあ、兄、ウサギちゃん行ったみたいやね」
「そやなー。聞いた話ではプリンスも遠征みたいやで」
双子の侍従と侍女、ムーンとブラッドは並んで木の下に座っていた。
紅葉はとうに散ってしまっている。丸裸の木はどこかもの寂しい。
「ウサギちゃんとプリンス、一緒に行ったってコトやろか。でもあたし、プリンスは見とらん」
「でも、プリンス城におらんし…」
ふと、周囲が暗くなった――――気がしただけだ、と言葉にはせずとも二人は思いこみ、話を続ける。
冬が近いのだから、日が落ちるのも早くなってきているのだろう。
「兄、気付いとった?ウサギちゃんとプリンス、休みの日…」
「気付かんと思った?」
いつになく真面目な表情でお互いを見る双子に吹いた突風は冷たかった。
それは人為的に起こされたものだった。愛嬌たっぷりの大きな瞳の怪鳥が、羽ばたきながら降りてくる。
「何や!」
「堂々たる侵入者パート2かっ!?」
パート1とは恐らくディアのことであろう。
二人は立ち上がり、別に戦闘手段など無いのだが身構えた。
「えーと、おじゃまします?」
「聞くんかい!!」
鳥から降り立った人物のおいしい一言に、間をおかずブラッドはつっこみを入れる。
その人物の顔を見たのはそれからだった。
「――――――!!」
「――――――!?」
ムーンまでもが驚きのあまり何も言えなくなる。
驚愕のあまり目を見開き、数歩下がる双子。
彼は――彼等の言うところの“局長”は、城内に居るはずである。
しかし何故か彼は目の前に居る。髪の毛までばっさり切っているのはどっきりイメージチェンジだろうか。
「えーと、もしもし?」
言いながら微笑むその笑顔が人なつっこい。その時点でかなり怖い。
服までアクティブに、どうしてこうも同じ人間のイメージは変わるものだろうか。
「…じゃ、ちょっと俺急ぎ気味だから」
何も答えてこない二人は放っておくことにしたのか、鳥から降り立った彼は城内へと駆けていく。
魔術の産物であったらしい鳥は消えて無くなり、双子だけが残された。
「局長の生き霊やろか…」
呆然としながらムーンが呟く。
「…いや、影武者かもしれん」
ブラッドのその説に、二人は何となく納得した。

もし、あの二人が帰って来なかったら――それは、考えても仕方がない。
その恐怖からは逃れられなかったが、すべきことはまだいくらでもある。
“グリート”の王の助力が得られなかったら、その時はどうすればいいのか。
エラズルはそればかりを考えながら、図書室の机に向かって書物を片手に、様々な理論を書き殴っていく。
あるものは途中で成り立たなくなる。よしんば筋は通っても、成功率に問題がある。何よりやはり、魔力の絶対量が足りない。
焦燥感が冷静な思考を奪うこれは、悪循環だと理解してはいるものの自分ではどうしようもない。
“リランナ”で、“博士”――だが彼は、若干18歳の“人間”である。
城内に戻ったエメラルドは離れてエラズルを見ていた。見ていたが、声もかけられない。
特殊な分野に対する知識が全く無い自分には出来ることが何もない。ただ、見守るだけ。
思考を占めていく暗い思いが悔しさか哀しさなのかよく解らない。
「…落ちつきなさい、“可愛い”エラズル」
沈黙を割って、諫めたのはディアだった。
「――――黙って下さい!」
エラズルは顔すら上げない。不快に思ったのか、顔つきは更に険しくなったが。
「エラズル」
彼の手から洋筆が弾け飛んだ。ディアの魔術。
エラズルは立ち上がって、憎々しい目で彼を睨み付ける。
「――――…僕はあなたが大嫌いだ」
「何故?」
「…所詮僕は“リランナ”――“人間”でしかなく、あなたが“エルフ”だからですよ!」
同じ王宮魔導士でありながら、遙かに大きな魔力を持つ“エルフ”の彼。
実験として植えつけられた力ではあったけれども、“リスティ”をも凌ぎ得るその魔力はエラズルの砦だった。
助けられたジェミニゼルに報いることの出来る唯一の手段。
だが、自分よりも明らかに有能な彼は、逆にジェミニゼルを助けた者。
――情けなくなる程醜い劣等感。
涙が、伝う。
ディアは表情を変えなかった――変えられなかった。
こうも容易く、“ヒト”は泣けるのか。弱いから涙を流すのか。
違う、と頭の中で否定する。
「それを気にかけるのは愚かなことだとは思わないのか?」
「思いますよ。馬鹿げている」
エラズルを筆頭にジェミニゼル、そして彼に仕える者はひどく懸命だ。
生きること、そして死についてすら。
そう、懸命だからこそ彼は泣くのだ。
その原動力すら“忘れて”しまった彼には理解し難い。
だが、そこに引かれた。
彼等のその姿に“愛しさ”のような、何か――“可愛い”と、感じたのだから。
「……僕は、どうすれば、いいんですか?あなたなら、何とか出来るんですか」
「“エルフ”でも、“人間”を造り出すような芸当は出来ないよ」
「…………解ってます」
階段傍に立つエメラルドは、未だ遠く、駆け上がってくる音を聞いた。
ディアはどうか解らないが、エラズルは気付いていないようだった。
「“可愛い”エラズル、少し頭を休めなさい。何故そこまで必死になる?」
「僕、は」
「君が望むなら私は手伝うことが出来る。周りを見るのを忘れてはいけない」
ディアが形作る、微笑み。
「――ラズっ!」
声が、重かった空気をも切り裂く。
「……え?」
息を切らして走ってきたもう一人の自分を、信じられないように見るエラズル。
ラピスラズリはエラズルに駆け寄って抱きしめた。
その存在は確かにそこにある。
「な、んで…?」
「ラズに、俺が必要だと思ったから!」
エラズルが何かを堪えるように唇を噛み、エメラルドが目の前の奇跡に暖かい気持ちを与えられている、その中で。
「……それは冗談なんだけどね?」
本人の一言が、その雰囲気を壊した。
「…速やかに正しい理由を述べなさい」
ムーンかブラッドが居たら逃すはずのない“つっこみ所”をさらりと流し、エラズルは言う。
「何か城であったらしい、っていう噂が流れてきてね、心配だったから見に来たんだ。そしたらラズが泣いてるし……何かざわざわして、嫌な感じがしたっていうのは本当なんだけど」
「…ラピス」
「何か俺に出来ることとかあったりする?うちの三人は父さんに押しつけたから大丈夫!向こうにはミーシャも居るしね」
エラズルに僅かな笑顔が戻った。
だがそれは一瞬で、また彼は真剣な表情に戻ったが、決して思い詰めてはいなかった。
「…ロードナイトにも頼みましょう」
ファリアに話を持ち出すか否かは判断しかねた。ジェイドの意志もある。
言うとするならばそれは一番最後だろう。
エラズルは開いたままだった本を閉じた。
もう必要無い。
「…ディア、ラピス、手伝って下さい。お願いします」