15・相棒-3


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ルビーを捜索する、もしくは迎えに行く人員はアンバー、ジェイド、エメラルド、ロードナイトの四人。
“グリート”の長ラングディミルからの返事を待つ段階だが、その面子で動いてもらうことになると、翌日になってジェミニゼルは話した。
彼等が居ない間はサファイアとパオが王の警護として居ることになる。
呼び出された王の部屋を出ると、彼等は食堂へ向かった。
ただ、ロードナイトはハーキマーの世話があると言って先に中庭へ行っている。
予期せぬ重鎮の集まりに、居合わせた者は少なからず驚いていた。
だからといって騒ぎ立てるような者は無く、活気づいた朝の風景。
「何だか久しぶりね、みんなで朝食なんて」
テーブルについても深刻な雰囲気をぬぐい去れない中、サファイアが微笑んで告げた。
アンバーとエメラルド、そしてルビーはよく三人で居たが、役職が異なると食事の時間も合わない。
食堂で見かけること自体が珍しいパオも含め、四人での食事というのは滅多にないことだった。
「たまには良いものだな」
熱い緑茶――これが食堂のメニューに加わったのはアクアマリンが広めたからだ――をすすり、エメラルドが答える。
本来ならばここに、誰よりも楽しそうなルビーが居るはずだ。
その笑顔が無い。
「…早く連絡が来ればいいんだけどな」
溜め息混じりのアンバー。眠気覚ましに飲んでいるのは紅茶だ。
パオは頷いて、朝食のパンをかじる。
「あと半月もしたら収穫祭ね」
「ああ、もうそのような時期か…」
サファイアが挙げた新たな話題に、エメラルドは思い出したように返す。
「俺、警備やることぐらいしか聞いてないけど…どんな祭りになるんだっけ」
「ええとね、各地で収穫した作物なんかを城下町に持ち寄って、作物自体や加工品を売るバザーのような感じなの。王国祭までとはいかないと思うけど、賑やかになるんじゃないかしら」
「成程、それで俺達は警備って訳か」
「でも楽しいわよ、きっと」
「ああ」
心待ちにしているかのようなアンバーの笑顔に、エメラルドは複雑な思いを抱えた。
皆で過ごす収穫祭が迎えられればいい、そんなことを心から望む。
ユナがロードナイトを引きつれて、ここぞとばかりに買い物をする姿が目に浮かぶ。
エラズルは研究材料になりそうなものの物色か。
ディアやパオなどは飄々と見て回っているような気がする。
サファイアやジェミニゼルも時間を見付けて買い物でもするだろう。
ファリアは出ては来られないが、アクアマリンやジェイドが何か買って持っていく。
そして。
自分と。
誰よりも楽しそうなアンバーとルビー。
そんな一日を過ごせたら、と。
「豊作だと良いな」
発した言葉に、三人が頷いた。

昼下がりの時刻。
サファイアは王の所へと戻り、パオはいつものように城の何処かに居るのだろう。
ロードナイトは他の騎士との打ち合わせがあるらしい。
指示待ちの二人はバルコニーに居た。
晴れた空の下、椅子に腰を下ろすアンバーに、エメラルドは声をかけた。
「…昨晩は、良く眠れたか?」
「ん…ああ、まあな」
部屋の前で別れ、朝になって王の部屋で会った彼は不調など微塵も見せぬ様子で、ただルビーの身を案じていた。
今のアンバーは、何処か眠たそうに、気怠げな表情で城からの景色を眺めている。
よく眠れた、というのは嘘だろう。そうでなければ身体の不調は続いているということだ。
「しばし部屋で休んだほうが良いのではないか?王から連絡が入ったら我が迎えに行ってやろう」
「別に、平気だって。お前の方こそ寝てないんだろ?満月だった訳だし」
「寝てはおらぬが、眠くはない。今晩眠れば良いだけだ」
そっか、と軽い返事を返すとアンバーは立ち上がり、バルコニーの柵にもたれて遠くを指さした。
「…あの辺、かな」
「何がだ?」
エメラルドはその横に立ち、アンバーが示した方を見やる。
東北の方向だ。城からの景色は漠然としていてその中の何処を指しているのかは解らないが。
「俺とジェイドが昔居た、傭兵ギルドの場所」
「…ああ、主は傭兵の出であったな」
「住んでたのはそっからもっと東…だったかな。まあいいさ」
「傭兵ギルドとはどのような場所なのだ?」
里の中で過ごしてきたエメラルドにとって、城以外の“外”の組織の様子は見当も付かないものである。
「お前は知らないか…まあ、とにかくがらの悪い場所かな」
「…そうなのか?」
興味津々なエメラルドを横目で見て、アンバーは答える。
「戦時だった、ってのが一番の理由だろうな。今もあるとしたら前よりはましなんじゃないか?基本的に男ばっかりだし…ジェイドは居づらかったと思う。勿論、俺も居づらかったけどさ」
アンバーは苦笑いした。
「酒が入っても入ってなくても喧嘩なんかしょっちゅう起こってるし…俺は腕力無い方だから、なるべく関わらないようにしたりしてさ。傭兵同士で組んで仕事しておきながら裏切り、なんてのも日常茶飯事だしな」
エメラルドは無意識に顔をしかめていた。
アンバーと仕事をしてきて解ったことだが、彼の武器は素早さとオールの長いリーチによる広範囲の攻撃方法だ。
単に腕っ節というならば強い方だとは確かに言えないだろう。
どんな風に彼がギルドで過ごしてきたのか、それは想像してみても解らない。
ただその横顔から、感じ取るだけ。
「決して良いところじゃなかった、けど」
言いかけたアンバーは僅かに目を細めた。
「嫌な奴じゃないのも、居たんだ」
懐古するような表情。
懐かしさの中に、痛みに似た感情の表れ。
「…どんな」
控えめにエメラルドは尋ねていた。
「どんな、って…よく組んで仕事してたんだ。無駄に礼儀正しくてさ、上品っていうか…あんま傭兵っぽくなかったな、あいつ」
アンバーが自分の事を語るのが初めてなら、こうやって他人のことを語るのも初めてだった。
話を聞くことが出来て嬉しく思う反面、どことなく複雑な心境になる。
解ってはいたが、こんなにも知らなかったことが多いのだ、と。
「年上だったけど凄い気が合う奴で……でも、あいつがギルドを抜けてそれっきりだ。俺はその後にジェムと知り合って、まあ色々あって今こうして居る訳なんだけどさ」
アンバーはエメラルドの方を向いた。
「俺は、これで良かったんだと思う」
そう思ったから、話をしたのだ。自分自身のことを話してくれた相手に。
アンバーはそこで口をつぐんだ。その先は言えなかった。
また裏切られるんだと思う、いつか。
お前なんか要らない、と。
お前が何処かへ行くのが先か、それとも俺が居なくなるのが先か。
解らない。
解らない、けれど。
――それでもどうか、この存在を覚えていて?
紡がれなかった言葉は、微笑みに飲み込まれて。
「…アンバー」
エメラルドが何かを言いかけたその時、頭上を音が通り過ぎた。
「――今の、チェル…!?」
ひらり、と羽根が舞い落ちてくる。
ルビーとよく一緒に居た、翼が四枚の鳥の“グリート”。
はっきりと姿を目で追えた訳ではないが、その影は上へ――
「ジェムの、所ではないか…!?」
二人は頷きあうと、駆けだした。

「ジェム!」
無礼を承知で荒々しく扉を開けると、肩に鳥型の“グリート”を乗せた王が窓際に立っていた。
鳥の“グリート”、チェル――その胸元には、城の結界を自由に出入りする王家の紋章が輝いていた。ルビーのものだろう。
「ジェム、“グリート”の長からの連絡があったのか!?」
息を切らしてアンバーが尋ねると、ジェミニゼルは苦い顔をして頷いた。
「“グリート”の長は、何と?」
エメラルドが言うと、彼は手に持った紙に目線を向けた。チェルが運んできた手紙だろう。
「ルビー・ラングデルド…私の婚約者と、彼の娘“ルビィ”を森まで迎えに来てやって欲しいということだ」
「――……!」
アンバーもエメラルドも、嬉しそうな表情を押さえることが出来なかった。
それはつまり、完全な和平を認めてルビーを返してくれるということであり、なおかつ“グリート”のルビー…正しくはルビィが城に留まることを許してくれたのだ。
これ以上に嬉しい結果は無い。
だがしかし、この結果に反してジェミニゼルの浮かない顔は何故なのか。
「…どうしたんだ、ジェム」
黙ってしまった王に、アンバーは呼びかける。
「迎えに行く人間が、指示されているんだ」
「…え?」
「アンバー・ラルジァリィ、そしてジェイド・アンティゼノ……以上」
「な…ッ!?」
思わず声を上げたのはエメラルドだった。
もしもこの場に“グリート”の長、ラングディミルが居たなら身分の違いもなんのその、掴みかかっていきそうな勢いで。
反対に、アンバーは冷静にその条件を受け入れていた。
これは、ラングディミルからの――ルビィの父親からの最後の挑戦状だ。
城に居られるよう頼むと言った自分が、ルビィを、大切な姫を守るに相応しいか否か。
「ジェム、そのような一方的な条件を許すのか!?」
「許す訳が無い…!今のアンバーとジェイドの状態で、“グリート”の森になど…!」
言い合うその光景を、チェルが不思議そうに見回していた。
チェルの金色の目が、アンバーで止まる。
彼は心配するなとでも言うように微笑みかけると、口を開く。
「向こうがそう言ってんなら仕方無いだろ?もともと俺は最初からジェイドと二人で行くつもりだったんだし」
「だが…!」
「しかしな…!」
ジェミニゼルとエメラルドの抗議の声が重なって、アンバーは不謹慎にも笑ってしまった。
「行ってくるよ、俺とジェイドが」
告げたアンバーの瞳は優しく、だが、強く。
二人は何も、言えなかった。

15・相棒 End
2005.08.20