13・王国祭-4


******



王国祭後半、城の面々を最も驚かせたのは、艶やかなドレス姿で現れた国王直属の女性騎士だった。
それはファリアが縫ったものらしかった。塔で着付けを手伝っていたサファイアがジェイドを連れてきた。
体の線に沿った、肩のあいたドレス。
緑色の髪の彼女には、落ちついた色味の青が良く似合っていた。
傍目にも解るほど感動して赤面したのはユナ。ムーンとブラッドも騒ぎ立てる。
当人は慣れない服が恥ずかしいのか、それとも純粋に恥ずかしいのか立ったままだ。
サファイアとユナが諸準備に戻り、ムーンとブラッドが走っていく―大方誰かに話しに行ったのだろう―と、城の入り口前にはジェイド、そして居合わせたエメラルドとルビー、ロードナイトとパオが残った。
ルビーもまた可愛らしい桃色のドレスに着飾って騒がれた後だったが、完全にジェイドに見惚れていた。
パオが黙っているのはいつものことだったが、残る二人も目をしばたかせるだけで何も言わない。
「……似合っている、だろうか」
ジェイドが気恥ずかしそうに小声で尋ねた。
「うん!ジェイド綺麗ー!」
興奮気味にルビーが誉める。パオも無言で頷いた。
「誂えたように似合っておるぞ」
「…“天使”がジェイドに合わせて作ったのだと思うが」
ようやく二人が口を開く。照れ笑いをするジェイド。
「あの…兄様」
呼びかけながら、アクアマリンが外から顔だけのぞかせた。
いつも下ろしている長い髪を、頭の高いところでふたつに結っている。
「アクア、そのような所で何をしておるのだ。入ってくるがよい」
おずおずと、いつもの和装ではなく洋衣を着たアクアマリンが歩いてきた。
あまりにも普段とかけ離れた彼女に一番呆気にとられたのは兄であるエメラルド。
「あの、これは、リア様が、私の分も、と…」
「かわいー!」
ルビーが瞳を輝かせた。先に塔を出た彼女は、まだアクアマリンが着替えた姿を見ていなかったらしい。
彼等の周囲に遠巻きに出来た人だかりを不思議に思ったのか、エラズルが歩いてきた。
「何故このようなところで集まっているんですか?」
言ったエラズルも、普段とは違った服装だった。
決して贅沢すぎない、華美な法衣。
「エラズルも綺麗だねっ!」
「ああ、リアが作って下さったんです」
その服が女物だというわけではないが、珍しく顔を赤くした彼は美しい女性と言っても差し支えない程だった。
「鮮やかだな」
その声で、人だかりに道が出来た。
「――陛下!」
誰よりも戸惑ったのはジェイドだった。ドレス姿が気恥ずかしかったのに違いない。
にこやかなジェミニゼルと無表情のディアが歩いてきた。
ジェミニゼルは礼装で、ディアは胸元の十字架が見える黒服だがコートではない。
「折角だから、ラルドやロードも着替えてきたらどうだろう」
王に話を振られて、彼等はぎょっとした。パオは数歩後退して逃げの体勢にはいるが。
「勿論、パオもだ」
「……」
「…陛下、それは命令でしょうか?」
ロードナイトが控えめに問う。
「いや。ただ、今日の会食会は昨日のように戦前から力のあった貴族達が集まった堅苦しいものではなく、都市や村の長が主な参加者の和やかなものになるだろうから、あまり公務的な衣装ではないほうがいいかと思っただけだ」
「そういうことでしたら従いますが…」
「仕方あるまいよ、そのような日があってもよかろう」
「……」
結局その日は、城の一部で大いに衣装替えが行われた。

夜になり、滞りなく会は進んだ。
和気藹々とした雰囲気の中、ルビーはしきりに辺りを見回す。
それに気づいてはいたが、エメラルドは見ないふりをした。

ファリアは塔から城下の明かりを眺めていた。
賑やかな光。あの場所に居られたらどれだけ楽しいかと思う。
突然塔に人が入ってくる気配がして、彼女の騎士の声が聞こえた。
二階に居たファリアは入り口へと降りて、驚きに目を見開いた。
ジェイドは確かにそこに居たが、彼女だけではない。
自分が作ったドレスのルビー、アクアマリン、エラズル、ユナ。
更に、いつもより飾る要素が強めな服装のエメラルド、ロードナイト、パオ、サファイア。
城内でも独特な服装のエメラルドとパオは、それだけ余計に洋装が珍しい。
「あのね、せっかくの王国祭だからみんなで遊びにきたの!」
ルビーの言葉に、ファリアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」

そして、一階にある広めの部屋を陣取って、宴会に近い座談会が始まった。
後でジェミニゼルとディアも訪れるという。
ユナ手作りのお菓子が並べられた。酒を持ち込んだのが誰なのかは解らないが、結構な量がある。
「なかなか慌ただしい日であったが、やはり祭りというものは良い」
「あなたは二日間割と自由に過ごしていたようですから、楽しかったでしょうね」
酒を飲み始めたエメラルドの言葉を、エラズルが間をあけずからかい調子で非難した。
「僕やディア、サファイアの仕事量を知らないでしょう」
「そうよ、大変だったんだから」
彼等の仕事は他の者が代われるようなものではなかったのだから仕方がない。
お互いに解っていて、彼等は言ってみる。
「知らぬ訳ではない。ご苦労であった」
そして普段通り、彼等は笑う。
――ふとよぎる、違和感。
座ってはいるものの何もしていないロードナイトとパオに、ユナが近付いていく。
「“杏仁豆腐”食べませんか?」
彼女は二人に、皿に乗ったそれを手渡した。
「こんなに沢山、よく作る時間があったな」
「作って冷やしておいたの」
お菓子の量を見て言う兄に、ユナはこともなげに返す。
「……ありがとう」
そのままロードナイトと話していたユナは、パオの礼に動きを止めた。
「…?」
「初めてまともに声聞きました!」
「……!!」
全員の視線が集まって、パオは慌てたように辺りを見る。
その様子にまた笑いが起こる。
――ただ、誰もが気づいていた。
“足りない”。
ルビーは会食会の時と同じように周囲を気にしていて、窓の外を見たり部屋の戸を見たりしていた。
それに気づいたアクアマリンとファリアが不思議そうにする。
「ねえ」
唐突に、ルビーが口を開いた。
全員が話をやめる。
「アンバーは?」
純粋なその言葉に、まずジェイドの表情が固くなった。
「…アンバー来ないの?」
エメラルドとエラズルの視線が重なる。
彼が今日ここに来られるはずがない。そのことを最も解っているジェイドが答えた。
「…アンバーは、今日お休みの日じゃないのかな」
「お祭りなのに?」
「……そうだね。どうしたんだろう」
「ジェイド」
ロードナイトが呼びかけると、ジェイドは首を横に振った。
「しかし、あやつが居らぬと物足りぬな」
静まりかけた場の空気を、エメラルドが壊した。
「どこで何やってるのかしらね、アンバー」
「本当に間が悪い人ですね」
サファイアとエラズルが続けた。ユナやアクアマリンが同意する。
ロードナイトが別の話題に繋げ、ファリアもそちらへ混ざった。
彼等の努力にも関わらず、ルビーはまだ不服そうな顔だった。
「…ルビー、アンバーが居らぬのはつまらぬか?」
エメラルドは彼女を膝に座らせると、静かに尋ねた。
「…うん」
「我も同じである」
「ラルドも?」
「うむ。アンバーが城へ出てきたら、文句を言ってやるがよい」
「――うん!」
ようやく、ルビーが笑った。エメラルドは頭を撫でてやる。
やがて、ジェミニゼルとディアも加わった。
弾む会話、笑い声。

――宴は賑やかで、どこか寂しかった。

13・王国祭 End