13・王国祭-3

初日の日程が終わり、祭りは眠りという小休止を迎える。
夜天の下、アンバーは屋上へ来ていた。
星が美しく瞬く夜だったが、今の彼にそれを眺める余裕は無い。
待ち人は、時間通りにやって来た。
「話とは何だ?アンバー」
「…わざわざ悪かった。どうしても聞きたいことがあって」
ジェミニゼルは――その音で目を覚ます者など居ないだろうが――静かに扉を閉める。
「……ルビーのことなんだ」
アンバーは彼の蒼い瞳を見て告げた。王は表情ひとつ変えない。
「ずっと前、『ルビーは子供の頃“グリート”の森に迷い込んで、そのまま時間が止まっている』って言ったよな」
「ああ、言った」
「あいつ、この前、“父様”に手紙出したって言ってたんだ。…どういうことなんだ?」
目は逸らさず、だが、ジェミニゼルは少し黙る。
「それだけじゃない。話し方も外見も幼いのに言葉は結構知ってたり…気になることは沢山あるんだ。……ジェム、あれは誰なんだ?“ヒュースト”のルビー・ラングデルドなのか?」
「…体の時は止まっても、精神の時―成長を止められる訳ではない。“ヒュースト”のルビー・ラングデルドの心は24歳で、あの中に眠っている」
「だったらあのルビーは誰なんだ?」
「どうして始めに話さなかったと思う?」
言ってくるアンバーに、王は問い返す。
アンバーは迷うような様子を見せなかった。何かが確信に変わったような、そんな複雑な表情。
「お前なら気づいていたんじゃないか」
「…あのルビーの精神は、“グリート”」
「正解だ、アンバー」
ジェミニゼルは微かに笑った。
「どんな“グリート”なのかは私も解らない。和平を結んだものの、まだ互いに信用しきれていない所があって……ラングディミルは、我々“人間”を試しているんだ」
「一年間、“人間”の体を借りた“グリート”を“人間”と生活させてみる、ってとこか」
「さすが、鋭いな」
アンバーは何も言わなかった。
ひとつひとつ考えをまとめる。
今までしてきたこと、これからすべきこと。
「…話さなかったことを怒っているか?アンバー」
「いや、全然。それよりも俺が知りたいのは、ルビーの時間が戻った時に“今居るルビー”がどうなるのか、ってことなんだ。…ジェムは、どうでもいいと思ってるのか?」
「まさか!」
王は顔をしかめて否定した。アンバーは失言を謝罪する。
「私もそれを知りたいと思っている。ルビー・ラングデルドを愛しているが、あのルビーも可愛い娘のように思えて……」
「俺も妹みたいに思ってる。“グリート”だとかそういうのはどうでもいいんだ。…なあ、ジェム、もうひとつ聞いていいか」
「ああ。何だ?」
「その…“人間”ってか24歳のルビーに会ったことがあるような口ぶりだたと思って」
「…ある、というか会っているよ、毎日」
「……はい?」
「彼女は“グリート”のルビーが起きているときは眠っているが、そのルビーが眠っている時は“グリート”の魔力を借りて精神体を造りだしているから」
アンバーは僅かに暗い表情をして、自分で気づきすぐに戻した。
ジェミニゼルの視線が向いてきているのが解って誤魔化し笑いをするが、ジェミニゼルはそれで納得しない。
「アンバー」
「いや……ただ少し、俺とあいつもそんなふうに出来たらって思……!」
途中で言葉を切って、彼はうつむいた。一瞬視界がぼやける。
“変わる”のだとはすぐに勘づいた。
まだ日付は変わっていない。この狂った時間を王に知られる訳にはいかない。
「どうした?」
「何…でもない。ありがとうジェム……今日は戻る」
足早に扉まで戻ろうとするが、どうやっても足がふらつく。
横を通り過ぎた彼に、ジェミニゼルが告げる。
「……アンバー、私がお前の不調に気づいていないとでも思っていたのか?」
そのまま数歩進んで、アンバーは蹲った。
ジェミニゼルは次に声をかけるまでにしばらく間をおいた。
「…………ジェイド?」
彼女はゆっくり立ち上がり、王を見る。
「陛下、私は…」
「何でもない。ジェイド、もう部屋に戻って休みなさい。明日もまた祭りだ」
「…はい」
ジェイドはそれ以上何も聞かずに素直に従った。
ジェミニゼルはまだ夜風にあたっていた。