13・王国祭

国中がわいていた。
王が変わってから初めての催しになる、二日間にわたるウィルベルグ王国祭の初日。
広い城庭では、夜毎行われる会食会の準備が進み、城下町は昼だというのに既に人で賑わっている。
特に広場では様々なイベントが行われており、参加者や鑑賞者でごったがえしていた。
市場の人通りも自然と増えたようだった。店の方もここぞとばかりに品を出してくるのか、普段ではお目にかかれない珍しい商品が目立つ。
何事にも裏側というものはある訳で、主催する、ウィルベルグ城の内部はひたすらに慌ただしい。
城の者が祭りを楽しめる余裕が出てくるようなのは、恐らくもう少し先だろう。
だが、それも含めて一つの盛り上がり――“王国祭”。

エラズルは、四階の階段辺りに背をあずけて一息ついていた。
「…ああ、エメラルド。どうかしましたか?」
ふと、近付いてきた相手が何やら考えているようなので、彼は尋ねてみた。
エメラルドは首を横に振る。
「用事があるという訳ではない。主は仕事が大変そうだな」
「ええ、まあ。高い場所の作業などは魔術を使った方が効率が良いですから。正直、ディア・ドールが居るだけ助かってます。あなたは…暇そうですね?」
「うむ。さしあたってすることが無い。夜頃の警備の仕事まで時間がある…ジェムにも、祭りを楽しめと言われてしまった」
皮肉を皮肉だとも思わずに彼は答えてきた。
「ルビーはどうしたんです?」
「何やら塔で用事があるようだ。主の姉君と何かしているようだ」
「そうなんですか」
エラズルは微笑する。
「まあ、たまには仕事が無いのもいいんじゃないですか?そういえば、夕方に広場で“歌姫”のイベントがあるそうですよ。暇なら赴いてみるとか…僕も、手が空けば行こうと思っているんですが」
「そうであるな。……つかぬことを聞くが」
「何です?」
「…アンバーを見てはおらぬか?」
どうやらエメラルドが気にかけていたのはそれらしい。エラズルは考えるまでもなく答えた。
「先程、装飾品を運ぶのを手伝って頂きました。その後は下へ降りたと思いますよ」
「そうか、すまぬな。…では、頑張るが良い」
エラズルが肯定すると、エメラルドは階段を降りていった。

ロードナイトが図書室に居た。
祭りの間、城は四階を除いて開放される。そのため、図書室には一般客用に椅子や机が多く運び込まれていた。
どうやら彼は監視役のようだった。
「ロード」
声をかけると彼は気づいた。エメラルドは近付く。
「見張りか」
「そうだ」
「主一人か?」
「ああ。交代は必要無いと言った」
何となく、動き回る仕事よりは楽かもしれないとエメラルドは思った。口には出さなかったが。
「そうか…のう、ロード、アンバーを見なかったか?」
「アンバー…?迷子の母親を探すのを手伝ってもらった…が、その後は知らない。下へ降りたのは確かだが」
「解った。礼を言う」
エメラルドが下へ行くのを目で見送って、ロードナイトは仕事に戻った。

二階の廊下を、珍しくパオが歩いていた。
「パオ」
エメラルドは、彼がどこかへ行ってしまわないうちに呼び止める。
パオは一瞬逃げの体制を取った――反射的なものだろう――が、留まった。
「アンバーを知らぬか?」
「…?」
「少し探しておるのだが、みあたらぬのだ。自室かとも思うたが居なかった」
「さっき、話した。それから、下に行った」
「…むう、そうか」
「?」
「何事も無い。気にせずとも良い。…では、我は下へ行ってみることにする」
パオは頷いて、エメラルドを見ていた。
彼が見えなくなってから訳が解らず首をかしげ、また廊下を歩き始める。

ムーンとブラッドの双子漫才は今日も絶好調だった。
一階の階段下に、城内の者だけではなく城を訪れてきた者までもが集まった人だかりが出来ている。
話のテーマは、祭りのイベントについてのようだった。
「そんなん、城の男性陣の美形どころ集めてアイドルユニット結成で決まりやん!絶対女性陣は盛り上がる!」
「兄は甘い!それだと男性陣は冷めてまうやないか!ここはそれに駄目押しで女装!これしかない!」
「――…流石は姉……目の付け所が違う…!」
双子が、そこで傍観していたエメラルドを見た。
「というわけで、エメラルドさんやりませんか?」
「…何をだ?」
“あいどるゆにっと”というものがよく解らなかった彼は、内容を掴みかねていた。
双子は彼の次の言葉を待たずに話を続ける。
「おぉっ!さっきのアンバーさんに負けず劣らずの鋭いツッコミ!」
「流石は近衛騎士様、オイシイ所持ってきますね!」
「…美味、とな?」
更に状況が飲み込めなくなってきたエメラルドと双子のかけあいは、傍から見ると滑稽でしかないようだ。
大爆笑こそ起こらないものの、至る所から笑い声が聞こえる。
「会食会の料理はきっと美味しいんやろね、兄。あたしらみたいな単なる侍女、侍従じゃ手が出ないんとちゃうかな」
「甘いで、姉……つまみ食い万歳!」
「はっ!その手があった!」
「きっとアンバーさんも狙っとるに違いない!中庭行くって言っとったもんな」
「待ちきれなかったんやろか」
話が逸れた挙句延々続くようなので、エメラルドは早々に立ち去ることにした。

会食会セッティングの指示はサファイアだった。
テーブルや椅子、装飾など準備はあらかた整っている。残るは料理を運んでくるぐらいか。
「あら、ラルド」
「大分進んだようだな」
「そうね、大体終わったわ。さっきまでアンバーがテーブルとか運ぶの手伝ってくれてたし…あ、探しに行くの?」
先を見越した彼女の言葉に一瞬戸惑うが、彼女が少し未来を見る“セラド”だと思い出す。
「うむ。どこへ行ったか解るか?」
「城下町。行ってからまだそんなに時間が経ってないから、見つけられるかもしれないわ」
「では、行ってみることにする。恩に着るぞ、サフォー」
手を振って見送った後、会場全体を見回して、サファイアは満足げに頷いた。

思いの外人通りが多かったが、その中でもラピスラズリの姿は目立った。
恋人だというミーシャを連れているが、周囲からは女性の二人組みに見えるらしい。
好意的な視線が注がれているが、特にラピスラズリは気にも止めていない。
「あ、ラルドさん!」
エメラルドに気づいた彼が、大きく手を振ってきた。互いに近付く。
「お久しぶりですね!背が高いし着物だし、すぐ解りましたよ」
「ごぶさたしています」
親しげに挨拶したラピスラズリと、控えめで丁寧なミーシャ。
「うむ。主らも元気そうで何よりだ。ランドリュー殿は息災か?」
「それはもう。こっちに来たがってたんですけど、子供達三人連れてくるのは大変だから留守番です。お土産買ってくる約束させられましたよ」
「そうか」
エメラルドは微笑んだ。一見厳格な相手の降って湧いたような優しいそれに、二人は僅かにどぎまぎする。
「あ、そうだ、後で城の方にも寄ってみようと思うんですけど…」
「そうしてやると良い。エラズルは忙しそうにしておったが」
「そうでしょうねー。ラズ、仕事も何でも完璧にやろうとしそうな性格だし」
「確かにな。…ところで、主らアンバーを見てはおらぬか?」
「さっき食事おごってくれたんですよ。ね」
「はい」
ミーシャは首を縦に振った。
「多分、広場の方に向かったと思いますけど…」
「有り難う。では、また後に会うことがあれば」
仲の良さそうな二人が話しながら歩いていくのは、微笑ましく見えた。