12・四人の騎士-3

誰かがそこに居る気配は感じなかったのだが、上手く誤魔化していたらしい。
日付が変わって人も寝静まった頃にアンバーが庭から戻ると、城門の陰からロードナイトが進み出てきた。
薄明かりの中の、問い詰めるような銀の瞳。
アンバーは平静を装って、会釈しつつ通り過ぎる――
「待て」
「……何か用か?」
億劫そうに彼は言葉に従った。すぐにでも城内に戻ろうと、顔だけ向けた状態だが。
「今日、お前は日付が変わる前から居た…ジェイドが居る日ではなかったのか?」
「…お前の勘違いじゃないか?」
「朝、私はジェイドに会っている。そして昼、お前を見かけた」
「……」
言い逃れ出来ない状態に、アンバーは顔をしかめる。
「昼頃、ジェイドが体調を崩したという話も聞いた。…昼に入れ替わったのか?」
「……そうらしいな。現に俺が居る訳だし」
「何があった」
「さあ、何も。こっちが知りたい」
「…いつから」
「某元領主の騎士を倒しに行った時あたりだ。もういいだろ?」
アンバーは強行に歩き出した。ロードナイトは止めようとはしなかったが、すれ違いざまに告げる。
「…昼間にあったことは無かったことにしておく。だからお前も忘れろ」
「俺はそっちを見た覚えはねえよ」
彼はそのまま城へ戻っていったが、ロードナイトは立ったままでいた。
弱く吹く冷たい風、秋風。

「戻ったか」
「お帰りなさい、アンバー・ラルジァリィ」
「お前ら人の部屋の前で何やってんだよ」
座りこんで談話していたらしいエメラルドとエラズルが立ち上がった。
「では、僕はこれで」
呆れ顔のアンバーが文句を言う前に、エラズルは階段の方へと歩いていく。
「…で?」
「うむ、主が戻ってくるかが気にかかったのでな」
「昼からずっと待ってたのか」
「エラズルもだ…王国祭の準備もあろうにな」
「…ああ、もうそんな時期だもんな」
一人残ったエメラルドを見たアンバーの表情は笑顔ではなかった。
何かを押し殺したような表情。戸惑いが表れててしまったとでも言おうか。
エメラルドが見てきているのに気づいて、アンバーはそのまま呟いた。
「ラルド」
「うん?」
「……悪い」
それが何に対する謝罪であるのか、エメラルドには見当がつかなかった。
ただ解るのは、それが“申し訳ないがこの場を去って欲しい”というニュアンスではないということ。
「違う、とは思ってんだけど、やっぱり……何か、無理だ」
「…何のことだ?」
「気にすんな。明日はルビーと遊んでやるって約束したからな。勿論お前もだ。んで、遊びがてらエラズルでもからかいに行く、と」
「最後のはどうかと思うがの」
軽く笑ったアンバーはいつもと同じで――意味の解らない言葉以外は。
エメラルドはそれに安心することは出来ず、逆に悔しさのような感情を覚えていた。
いつもの笑顔、いつもの言葉、いつものアンバー。
何かを内に隠した、いつも通りの彼。

「ジェイドに何かあったの?」
それが、エラズルが塔を訪れてファリアが最初に切り出した言葉だった。
問われたエラズルは控えめに否定する。
「僕には解りかねますが…特には」
「本当?ラズは真顔で嘘のつける人だから」
「リア」
彼が不本意そうにすると、ファリアは冗談よ、と微笑んだ。
しかしその微笑みにも、何処か物憂げな雰囲気を感じる。
「…ジェイドが心配なの。最近別の仕事が忙しいみたいで、塔に来ることも少なくなったから…どうしているのか、私には解らない」
彼女がまだ、“イルゼム”のことを知らないのだとエラズルは勘づいた。
話していないとしたらそれはジェイドの意思に他ならないから、それを告げることはしない。
「何かね…ラズに聞いてもらうことでもないのだけれど」
「いえ、是非聞かせて下さい」
「……ジェイドが何か隠しているみたいで、それは解ってるのよ。でも、自分から聞いたりなんて出来ることではないから…私が助けになれるようなことはないのかしらね」
「尋ねてみてもいいんじゃないですか?」
「聞かれたくないこと、って誰にでもあるでしょう?多分、それなの。困らせるのは嫌だから…」
ファリアが話すジェイドの姿が、どこかアンバーと重なるようにエラズルは思った。
彼女同様、自分のことを明かそうとしない彼。
「…寂しい、ですか」
「え?」
「話を聞けず、尋ねることも許されないのは」
「そうね……寂しいわ」
「……僕も」
言いかけてエラズルは口を押さえた。
「ラズ?」
「何でもありません」
首を振って笑ってみせる弟を、ファリアは微笑んで見た。
彼が何を言おうとしたのか。それは何となく解っていた。

暗い部屋。
時計の音。
部屋の扉にもたれて、アンバーはただ蹲っていた。
眠いのではない。眠るのは怖かった。
ふと立ち上がり、机に向かう。
そこの明かりだけをつけ、ノートを取り、開く。
ノートは既に半分程まで書き込まれていた。彼の字だけではなく、女性のものらしい細かな字も混ざっている。
『ごめん』
アンバーは一言、洋筆を走らせた。
手が止まる。
人の前で浮かべている微笑みが消えた表情は、泣き出しそうにさえ見えた。
『上手くごまかせなかった』
次の言葉。
伝えなければならないことは沢山ある。
しかし言葉にならない。文字として書き表すことが出来ない。
何度も手を止めながら、アンバーはジェイドへの“手紙”を綴り続けた。

12・四人の騎士 End