3・オオカミ-4



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アンバーが見つけたのは、重々しい雰囲気で真剣に、足早に歩いてくる者――それは、同僚。
「エメラルド!お前やっと戻ってきたのか。サフォーとかはどうしたんだ?」
彼は笑って出迎えた。足下にぴたりとくっついているのはルビー。
「かれこれ十日以上居なかったんじゃないか?」
エメラルドは答えず、ひたすら歩いてくる。
そして、アンバーに倒れかかった。
「おい、何だよ……お前、風邪でも引いてんのか?」
何となく、身体が熱い気がする。具合も良くなさそうだ。
「疲れたんなら、とっとと部屋戻って休んどけって」
「エメラルド、大丈夫?」
ルビーが心配そうに尋ねるが、彼は動こうとしない。
「……ってか、気色悪ィっての」
ごすっ、とアンバーの手刀がエメラルドの頭を打つ。
ようやく、彼は頭を上げた。
「……アンバー?」
「おう。いいから離れろお前」
言われた通りにした彼は、寝起きのような表情で思案し始めたようだ。
まばたきを数回して、勝手に納得する。
「うむ。ようやく症状もおさまったようである。流石はアンバー、主ならば対処してくれると信じておったぞ」
「は?」
「出迎えたのが女性であったなら、どうなっていたか……礼を言うぞ、アンバー」
「いや、毎度のことながら訳解んねえってお前」
「うむ。我は今日は休ませてもらうことにしよう。ではな」
エメラルドはかつてない爽やかさで城へと去っていった。
脳内大混乱に陥ったアンバーが立ちつくしていたところに、サファイアとロードナイトが到着する。
「お帰り……なあ、エメラルドって何かあったのか?」
「え?」
明らかな動揺を見せたのはサファイアで、ロードナイトは彼を見ないようにしている。
「いきなり抱きついて?きたんだかなんだか……風邪引いてんだか疲れてんだか何やりたいんだか解んねえよ」
気まずそうに二人は目配せした。アンバーは苛々し始める。
「やっぱ、何かあったんだな?」
「何ていうか……アンバーでよかったわ、とりあえず」
「何がだよ」
「人生、聞かないほうが気分爽快で居られることってあるんじゃないかしら」
「聞かねえと逆に気分悪いって」
ロードナイトは、勝手にしろとばかりに肩をすくめた。
彼に話す気が無さそうなのを見てとって、アンバーはサファイアを凝視する。
「え……と、エメラルドも今脳内大混乱だった訳で……」
「それは俺だって」
「……私とロードナイトは、エメラルドと離れて歩いてたのよ」
「そりゃ見れば解る」
「エメラルドって“ヴェルファ”でしょ、半獣化しちゃった訳ね」
「へえ、そりゃ大変だったみたいだな」
「で、ね、“ヴェルファ”って半獣化してから戻ると、少しの間獣の習性が色濃く出てきちゃう、って」
「習性?」
「えとね、今、春だし」
半笑いだったアンバーの顔が、少しずつ冷めていく。
「あくまでも脳内大混乱だった訳で……」
「それは解った」
「……春って、温かくていいわよね」
「ああ」
「どこもかしこも恋人だらけー……とか」
「まあ、そうだな」
「“ヒュースト”だけじゃないわよね。虫も鳥も幸せそう」
「……で?」
「その他の動物も同じじゃないかしら」
「習性?」
同じようにもう一度問いかけたアンバーはこの上ない笑顔を浮かべ始めた。
サファイアは、右斜め上の虚空を見上げる。
彼の反応が、見えた。しかし、それだけは変えようが無いだろう。
「修正、俗に言う発情期……なんて」
サファイアとアンバーの、乾いた笑いの合唱。ロードナイトは無言。
「あー、そうか。そういうことか。そういう訳で脳内大混乱でか。ありがとな、サフォー」
アンバーは、携帯武器を取りだして組み立てると、体慣らしとばかりに振った。
「アンバー、悪気があった訳じゃないから、ね?」
「ああ、解ってるよ」
とびきりの笑顔を残し、彼は城へと歩みを早めた。ルビーが慌てて追っていく。
「ねえ、アンバーどこ行くの?」
「うん?ちょっと狼駆除な」
「くじょー?」
離れていく人影。サファイアは苦笑いした。
好きなだけ、じゃれていればいい。気の済むまで。
「……さて、私たちも戻りましょうか?」
彼女が声をかけると、ロードナイトが溜息をついた。
帰って早々、城内が騒がしくなっているのはサファイアでなくとも解る。
騒がしさは好まない。“ヴェルファ”の里が懐かしく思い出される。
――ただ、ジェミニゼルの目指す“共存”が実現するのか否か、彼の傍らで見届けよう、と。
ロードナイトは、心中誓った。

3・オオカミ End