1・王と愉快な仲間達-3

見張りの門兵に軽く挨拶する。暇そうにしていた二人組は、近衛騎士の登場に面食らって姿勢を正した。
それを見てアンバーは愉快そうに笑い、エメラルドは苦い顔になる。
一か所に留まって控えることを苦としないエメラルドにしてみると、暇をあからさまに表現していた門番の二人は怠け者にしか映らないようだ。
ただ、門兵が暇だと感じる程に平和な世であるともとれる。それは幸せなことだ。
ルビーは、慌てて背筋を伸ばした二人を不思議そうに見上げた。それが彼等にしてみると、責められているようで一層気まずい。
門兵に助け船を出してやろうとルビーを呼んだアンバーは、二人組が顔面蒼白にしていることに気付いた。
「……どうした?」
「アンバー」
彼が尋ねたのと、エメラルドが警告したのは同時。
張り詰めた声は、それがただならぬ事態であることを示している。
振り向いて見た“ヴェルファ”の騎士は剣に手をかけていた。目線の先は――
「“グリート”!?」
後ろ手で、咄嗟にアンバーはルビーを庇う。
どこから侵入したというのだろう。小さな一角獣と、翼が四枚ある鳥がそこに居た。
城の中庭は市民にも広く開放されている。エラズルの結界というものは、ここには及んでいないらしい。
二匹とも愛らしい姿をしてはいるが、危険性が無いとは言い切れない。
腰のあたりから折り畳み式の細い棒を抜き、アンバーは一瞬で長い一本に組み立てた。
彼の武器はオールと呼ばれる、棒の両端に刃を取り付けたものだが、あくまでもそれは殺傷能力を必要とする戦闘用であり、持ち運びも不便なため普段は部屋に置いてある。
今手にしている棒はその代理だが、滅多な相手でない限りそれで立ち回る自身はあった。
緊迫した空気の仲で、二匹の“グリート”は、円らな瞳で彼等を見つめるだけだった。
「トーティム、チェル!」
ルビーが、アンバーの後ろから顔をのぞかせて大声をあげる。
それは名前のようだった。
彼女の言葉に反応した“グリート”と嬉々としたルビーの様子から、アンバーは構えていた武器を下ろした。
「エメラルド」
「……うむ」
彼も剣から手を離す。ルビーが“グリート”に駆け寄った。
「なッ……近衛様!?」
困惑と抗議の混じった門兵の声。
「“グリート”を放っておかれるのですか!?何か……」
アンバーは面倒そうに彼等に近付き。
「お前ら煩いぞ。どっからどう見ても危険じゃないだろ?今見たことは忘れとけ」
棒を、一人の鼻先に突きつけた。更に顔の青みを増して、門番の青年は控えめに頷く。
「向こうへ行くぞ、アンバー」
エメラルドは、ルビーと二匹の“グリート”を軽々抱えていた。
向かう先は、庭のはずれの人気が少ない辺り。そこならば変な邪魔は入らないだろう。
アンバーは門兵の二人が黙ったのを見届けるとエメラルドに続いた。
ルビーはしきりに“グリート”に話しかけている。
「……ジェムが我と主に護れと命じたのは」
唐突にエメラルドが――自身に問うように――呟いた。
「ルビーか、門兵のような他者か、それとも……“グリート”なのか」
ジェミニゼルが彼等に話したルビーについてのことは唯ひとつ。
“グリート”に愛される娘――“グリート”の長、白竜ラングディミルの愛した“ヒュースト”、それがルビー・ラングデルド。
彼女は“グリート”を慕い、また彼女を慕って“グリート”が傍へ来る、と。
ジェミニゼルが彼女の世話係に自分の近衛騎をあてた意図を理解した気がした。
「全部だろ」
アンバーは短く答えて、一角獣――ルビーに言わせるとトーティムという名だ――を撫でてやった。

日が落ちた頃。
「ジェームーっ!」
ルビーが、丁度自室から出てきた王に後ろから抱きついた。
「おかえり」
彼は驚きもせず笑っていた。ルビーの行動は大体同じなのだろう。
ジェミニゼルは、控えていた近衛騎士二人に視線を向ける。
「二人での初仕事はどうだ?」
「これからもやっていけそうだとは思う……んだが」
アンバーがエメラルドを見ると、彼は頷く。
それから多少言いづらそうにアンバーは続けた。
「ルビーは、一体何なのか教えてくれないか?」
「……と、言うと?」
「ラングディミル……“グリート”に愛された娘、だとは聞いた。何故その娘が此処に居るのかが知りたいのだ」
言い換えたのはエメラルド。
渋るかと思った王はだが、静かな瞳で淡々と告げた。
「私は戦後、国王に即位してラングディミルと和平を結んだ。それは知っているだろう?『“人間”は“グリート”がその生命を脅かすことのない限り殺してはならない。“グリート”も同様の事を誓う』と。その時に、証として託されたのがこの子だ」
自然にアンバーとエメラルドの瞳は彼女を映す。当人はきょとんとしていた。
「ラングディミル、“森の守護竜”の話では、戦時に彼の森に迷い込んだらしい。その時からルビーの時は止まっている……彼が、止めたそうだ。愛したルビーが成長して、“グリート”に仇なすことのないよう」
「おいおいおいおい、それ本当なのか?」
アンバーは苦い顔で割って入った。
真実だとしたら、あまりに勝手な行動ではないか。
ジェミニゼルは頷いた。やはり表情は淡泊だった。
「一年間、この和平が守られるのなら彼女の時は戻ってくる。そう彼は約束した」
「では、ルビーは当面のジェムの養子という事か?」
「違うよ、ラルド。養子ではなく……」
王は一度言葉を切った。ちらりとルビーを見る。
「ルビー・ラングデルドは私の婚約者だ」
アンバーとエメラルドが呆気にとられて顔を見合わせる。そして、ジェミニゼル同様ルビーを見た。
「……ジェム、未来の王妃様は一体何歳なんだ?」
「24になるが」
「俺の汚れきった目で見ると10歳かそこらなんだが…その頃から時間が止まってるってことか?」
その問いは非難でも好奇でもなく、純粋な疑問だった。
「そう、なんだろうな」
ジェミニゼルは苦笑する。
「だが、私には彼女しか考えられないよ……立場上、表だっては言えないが」
誰が見てもせいぜい親子程度にしか考えられない二人を見据えて、アンバーは心中同意した。
ただし、二人を否定するような気持ちなど一片も持ち合わせてはいなかったが。
「しかしジェム、良いのか?我等にそのような……」
「お前達だから話すんだ。このことを知っているのは、私の腹心の者だけだ」
エメラルドは思わず破顔した。アンバーは何も言わずに照れている。
「……明日からもまたルビーを見てやってくれるだろうか?」
「当然だろ、ジェム」
「何故断ろうか?」
発せられた言葉は重なった。またも顔を見合わせる二人に、ジェミニゼルも失笑する。
「ありがとう、お疲れ様。今日はもう休むといい」

退出して、アンバーとエメラルドは廊下を歩いていた。部屋は同じ二階だった。
「そういやジェムって、あのルビーが好きなのか、24歳のルビーが好きなのか……」
それは不意に浮かんだ疑問であって問いかけたつもりはなかったが、アンバーは言葉にしていた。
答えが返ってくる。
「どちらでも良かろう。我等“ヴェルファ”の大方の女性は10代で妻となるが?」
「いや、それをおおっぴらにやられると国的にヤバいだろ。俺としては確かにどっちでもいいけどな」
会話が途切れた。
無言で進むうち、アンバーの部屋が見えてくる。
「アンバー」
不意に、エメラルドが口を開いた。前を歩いていたアンバーは振り返る。
「我はエメラルド・ローレッツィ。“ヴェルファ”の“狼”である」
「……はい?」
そんなことはとうに知っている。
「改めて、宜しく頼む」
出会った時に名乗った程度で、正式な自己紹介は確かにしていない。
だが唐突に、城で何度か顔を合わせ、一日共に仕事をした後にわざわざ述べることでもないだろう。
「我等は少々特殊でな……主に手間をかけさせることのないよう努めるが」
「……ああ、まあ、宜しくな」
共に仕事をすると正式に決定したから改めて名乗る、と考えれば、律儀であるともとれる。
その度合いに自分との大きな差を感じながら、アンバーは告げた。
「特殊って言えば……知ってるかもしれないけど、俺は二日おきの勤務になってて、明日はいないからな」
「うむ、それはジェムから聞いておる」
アンバーの部屋の前に着いた。
とりあえずの別れを告げようと、どちらともなく向かい合う。
先に言い始めたのはエメラルドだった。
「……我が今日一日過ごして思ったことがあるのだが」
「何だ?」
「この城には、主を始めとして個性的な者が集まっておるな」
彼はいたって真顔だった。
アンバーは自室のドアに手をかけた。
昼間の仕返しに、言い逃げを決めながら。
「俺にしてみればお前が一番愉快だよ」
「……何?」
エメラルドが追求するより早くドアが閉まり、声がした。
「じゃあな、おやすみ」

1・王と愉快な仲間達 End