1・王と愉快な仲間達

春の空気はまだどことなく肌寒いが、気持ちの良い気候の日だった。
「……何だかなぁ、と俺は思うんだが」
「うむ」
茶と緑、合わせると春の樹のような髪色の青年が二人、だだっ広い城庭のど真ん中に座っていた。
穏やかな微笑みを浮かべる女神像のその手から、清らかな水が流れ出る噴水。
そのほとりに、国王の近衛騎士二人は居た――正しくは、彼等と少女がひとり。
「ねぇ、遊ぼっ!」
見る者を魅了する宝石の鮮やかさを持つ赤髪の少女、ルビー・ラングデルドが、右側に居る青年にのし掛かった。
気の良さそうな雰囲気の茶髪の騎士は、少女の柔らかな髪のくすぐったさに少し微笑む。
「てい」
国王の近衛騎士アンバー・ラルジァリィはルビーの腕を掴んで抱え、そのまま投げ飛ばす――と見せかけて、体を高く上げてやった。
彼女はひとしきり楽しく笑うと、真顔に戻る。
「……つまんなーい」
「つまんないとよ」
「うむ」
傍らの男は頷いただけだった。
アンバーは更に深く嘆息して、ルビーを抱きかかえる。
傍らに腰掛けている、巻き衣の“ヴェルファ”の騎士、エメラルド・ローレッツィは無表情で、何を考えているのかよく解らない。
ジェミニゼル国王の近衛騎士として王直々に言い渡された彼等の仕事は、彼の傍らに控えているものだという予想に大きく反して「ルビー・ラングデルドの世話」であった。
そう命じた国王の意図は未だ解らない。詳しい話は一日目を終えてからということだった。
「しょくむたいまんー」
適当にアンバーの髪を引っ張りながら、ルビー。
「むぅ、主は中々難しい言の葉を知っておるのだな」
「ことのは?」
“ヴェルファ”の青年の発した聞き慣れない言葉に、ルビーは首をかしげる。
小難しい説明が始まりそうな気配を察して、アンバーが立ち上がった。
「よし、遊びに行くか」
「何処へ」
エメラルドの紅い双眸が訝しげに見上げてきた。
「まぁ、友達の所かな。お前も来んだろ?」
短く告げてアンバーは歩き出す。エメラルドはその先を見て、更に顔をしかめた。
彼の向かう先は明らかに城内ではなかった。
「そちらにはハーキマーの小屋しかあらぬが?」
「ああ、ハーキマーだからな」
馬に似たハーキマーは“グリート”の亜種であり、“人間”に仕える者も多い。
亜種とはいっても自我が強く、自身で主を決めて従っている。
ウィルベルグ城にもハーキマーの主人となっている者は数人居た。アンバーもそのひとりだった。
「主もハーキマーを持つのか」
「クロス、って名前だ」
「……十字?」
「ん?ああ」
ルビーが、自分の服に描かれた赤十字を見下ろした。エメラルドの目線は、アンバーの服のそれに行く。
「……憧れだよ」
若干照れてアンバーは答えた。口調が早い。
「ジェム王に対する、か?」
「まあな」
ジェミニゼル・ライエ・ルジェンス。あまたの戦を勝ち抜いた英雄王。
彼の戦時の鎧には、十字が刻まれていた。
何かへの誓いのように――自らの血で赤く染めた十字架が。
「やはりな」
呟いて、エメラルドが一瞬だけ微笑んだ。何か心中を見透かされたようで、アンバーはむっとする。
「何がだよ」
「そう考えるのは、主だけではないということだ」
先に進み出た彼の剣帯と、布の巻かれた細い妙な剣の鞘。
垂直に交差するその二つは遠目に――
「……」
半眼で見つめて、アンバーは苦笑した。ここにも、もう一人居たのだ。
少し歩くとすぐに小屋が見えてくる。
「ねえ、ハーキマーのクロスと遊ぶんだよね!」
「蹴られないように気を付けろよ」
瞳を輝かせるルビーにアンバーは言ってやる。
小屋の近くまで来ると、獣特有の匂いがしてきた。
扉を開くと、十数頭のハーキマーが一斉に顔を向けてくる。
「おい、クロス――」
先にアンバーが足を踏み入れる。他の二人は後ろから様子を窺っていた。
どこだったかな、とでも言いたそうに周囲を見渡すアンバーに不意に迫る影。
がんっ、と、気持ち良いぐらいに単純な音が響いた。
油断していたアンバーの後頭部に、蹄が直撃したのだった。

その時、ロードナイト・カイトは小屋の奥の陰に居て、飼い葉を長いフォークでまとめていた。
「こんの、何しやがる!!」
今日はハーキマーの飼育当番が休みだ。仕事が無かったので代わりを買って出てやった。
こういう役割は嫌いではない。難しくないし、何より静かだ。
「しばらく放っといたの怒ってんのか!?仕方ねぇだろ、荷物整理とか忙しかったんだから!」
「クロス、こんにちはー」
「まだ文句あるってんなら、いいぞ、相手になってやる」
静か――なはずなのだが。
小屋掃除は終わったし、食事も与えた。後は午後にもう一度来て様子を見れば良い。
とりあえず苛立ちが頂点に達したので、彼は行動に出てみた。

――強風が吹いて、気が付けば草の上だった。見上げる空は青い。
アンバーは地面に仰向けになって空を見上げていた。
突然の事態に訳の解らぬまま状況把握に努めるが、それより早く目が何かをとらえた。
何かが、落ちてくる。鋭く陽光を反射して。
「――――うぉあ!?」
咄嗟に体をひねる――瞬間、彼の頬を掠めて刃物が地面に突き立った。
「ふむ、中々やるではないか」
「アンバー、かっこいい!!」
見ると傍らに二人が居て、エメラルドは仏頂面で直立、ルビーは惜しみ無い拍手を送ってきている。
アンバーは跳ね起きて、自分を襲った刃物―それは酪農用の大きなフォークだった―を睨んだ。
「何なんだよこれは」
「我がやったのではないぞ」
「んなことは判ってる!あの覆面野郎!」
アンバーは小屋を覗き込む。しかし中にはハーキマーの姿しか見えなかった。
クロスが怒りのこもった唸り声をあげている。
「主、何を言っておるのだ?」
「小屋の奥から覆面飼育係が出てきたんだよ、さっき」
アンバーは苦々しく吐き捨てる。何故自分がこんな襲撃を受けなければならないのか。
その足元で、ルビーが巨大フォークを抜こうと頑張っていた。
「覆面?……それは恐らく飼育係ではあらぬよ。赤十字を身につけてはいなかったか?」
「……あった。左肩の辺りにな」
「うむ。それはロードナイトであろう」
フォークを地面から抜いてやって、エメラルドは続ける。取られたルビーは残念そうだ。
「我や主と同じくジェム王に忠誠を誓う、騎士団には属さぬジェム王直属の騎士である」
「その騎士が何でハーキマー小屋に居るんだよ!大体、俺は死にかけたぞ!」
エメラルドからフォークを奪い取り、アンバーは小屋へ投げ入れた。扉を閉める。
「ジェム王の近衛である我や主が居るように、ロードナイトが居て何の問題があろうか?それに、主、フォーク程度を避けられぬようでは近衛など勤まらぬよ」
「……」
返す言葉が無くなったので、彼は黙った。
「ロードナイトは“リスティ”である。主が撒かれたのもいたしかたあるまい」
「ロード、すごいね!」
言ってくるルビーを抱き上げてエメラルドは微笑む。爽やかに。
「それにしても、友と呼ぶハーキマーに蹴られるとは難儀よの」
「――お前それ言うのかよ!」
アンバーは赤面して、言い逃げしたエメラルドを追った。