ねがいぼし

星降る夜には願いを言葉に。
紡がれた願いは誓いに変わる。


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「……む」
細長い廊下、横を歩く人間がぴたと足を止めたのは唐突だった。
「どうした?」
近衛騎士アンバー・ラルジァリィは、顰め顔の相手に声をかける。
彼と職を同じくするエメラルド・ローレッツィは、ややあってから問いを発した。
「今日は8月の9日であったか?」
「ああ、そうだけど」
その日の任も終え、自室に戻ってゆっくり休むというこの時間、日付を確かめることに今更何の意味があるというのか。
「そうか、過ぎてしまったか」
「…何が?」
「七夕祭だ」
それはアンバーにとって耳慣れない単語で、咄嗟に返せずにいるとエメラルドが付け加えた。
「主らにはこの風習は無いようであるな。8月7日、供物をし、葉竹を立て、そこに願いを書いた短冊…紙を吊すのだ」
「へぇ、何か変わった祭りだな」
「うむ。もともとは芸の上達を願うものであったらしいが、今となっては皆、思い思いに願いを書いておる」
「で、それは叶うもんなのか?」
冗談半分でアンバーが尋ねると、エメラルドは少し考えたように黙ってから答える。
「……そうさな、叶うとも言えるし、叶わぬとも言えるな」
「どっちだよ」
苦笑するアンバー。
「大人の多くは無病息災や家内安全等を願うからの。それが叶うか叶わぬかは、時が経たねば判らぬ。名誉を願う者もおるが、それもまた、直ちに結果の出ることでは無いからな」
「……ああ」
「童などは物を欲したりもするが、それは大人が与えることが多い。壮大な夢を描いたところで、それが叶うころには短冊のことなど忘れてしまうであろう。叶うか叶わぬかではなく、願うことが大切なのではないかと思うのだ」
「成程な」
アンバーにとっては馴染みの無い風習だが、そうする気持ちは理解できなくもない。
できない訳ではなかったが。
「主ならば何を望む?」
問いかけられたところで、答えを探し出すことは出来なかった。
「さあ」
「何一つ無いというのか?」
「……余り先のことを考えたことが無いからな」
考えられない、が正しい。その言葉は飲み込む。
代わりに問い返すと、得られたのは面白味の欠片もない返答だった。
「国の平和が永久に続くよう、祈ろうと思っていたのだ」
「じゃ、俺もそれでいいや。祭りには間に合わなかったけどな」
「うむ」
エメラルドがなんともなしに窓の外を見たのに合わせて、アンバーの視線もそちらへ動く。
星の瞬く夏空。
祭りの夜は一層輝いていたのだろうか。
「――あ」
僅か一瞬。
紫紺の空を流れる星の光。
願い事を三度唱えるのは余りにも有名なまじないごと。
「……ま、あんな一瞬じゃ国の平和は三回も言えないよな」
「うむ」
「そんな努力をする暇があったら自分で叶えろってことか」
「……そうかもしれぬな」
言葉が途切れて。
いいかげん戻るか、アンバーが口を開こうとした時だった。
「とりあえず、団子を頼んだのだが」
「……は?」
「平和は間に合わぬから、団子を」
「流れ星に」
「うむ」
訪れた沈黙は先程よりも長かった。
「……自分で叶えれば?」
「うむ」
大真面目に頷くエメラルド。
アンバーは溜息ひとつ、廊下を足早に歩き始めたのだった。

End


当日には間に合わなかったものの、七夕イメージでブログに書いたものです。
ウィルベルグでは七夕はヴェルファの風習、日付は管理人の地元北海道に即しています。
七夕に限らず日本古来のイベントはおおよそヴェルファの風習になります。
しんみりした話、と見せかけてオチは阿呆でした。
「団子団子団子」ならば一瞬ですね(笑)
エメラルドはシリアスもギャグも担当してくれる便利な奴です。

2007.09.08