束の間の空白

「…え?ロードナイトがですか…?」
エラズル・ルーンベルクは、あまりに意外な出来事にそう呟いてしまった。
彼に伝えたサファイア・ヴィクテルも思案顔であった。
国王直属の騎士、ロードナイト・カイトが一週間程仕事を休み、城を空けるという。
ジェミニゼルの使いで数日姿を見せないということはたまにあったが、そうでなければ間違いなく城内の何処かに居る彼が、だ。
「私も今日陛下からそうお聞きして…どうやら、昨日の夜くらいに出かけたみたいなのよ」
「仕事に懸命な方ですから…たまに休むことがあっても良いと思います、が」
どこか含みを持って、エラズルは言葉を切った。
彼の行き先が気になる。
意図を汲み取ったサファイアが答えた。
「残念だけど、私も知らないのよ。陛下も詳しいことは聞かされていないみたい」
「…それもまた妙ですね」
ロードナイトの性格を考えると、少なくともジェミニゼルには逐一行き先と目的を告げていきそうなものだ。
それすらもしないということは、何事か後ろめたい部分があるのだろうか。
そうでなければ、隠しておきたい何か、か。
黙り込んだ2人の元に、静かな足音が近付いてきた。
「あの、エラズル様、昼食をお持ちしました」
姿を現したユナ・カイトは、何やら考えているようなエラズルとサファイアの雰囲気に戸惑いながらも声をかける。
2人は同時に瞬きしてユナを見た。
「…ああ!」
「え?何です?」
重なった声が向けられて、ユナは小首を傾げる。
「ねえユナ、ロードナイトのこと…何か聞いてない?」
「え、お兄ちゃんですか?」
「今仕事を休んで何処かへ行っているという話を聞いたのですが…」
尋ねられるとユナは、不意に表情を曇らせた。
言っても良いものかと思案しているようなその顔はどこか悲しみも湛えている。
「…ユナ?」
エラズルの呼びかけに、ユナはゆっくりと口を開いた。
「……今日、お兄ちゃんの…」


******



ジェイド・アンティゼノは、人混みの中に予測しなかった人物の姿を見つけて立ち止まった。
「ロード?」
ファリアに頼まれたものを買って帰る途中の城下町。
同僚の彼が、単独で城の外に居る姿は珍しかった。
彼が“リスティ”である証は、顔を覆う覆面によって隠されている。
呼びかけに気付くと、ロードナイトが歩いてきた。
「戻ってきたのか?まだ一週間も経っていないが…」
「…ああ、今、城へ帰る所だ」
どちらかが言い出したのではないが、並んで歩き出す。
「居ない間、何か変わったことはあったか?」
「いや、特には……いつも通りに平和だった」
「そうか」
短く告げた言葉には安堵が含まれていたようだった。
少し間をおいて、ジェイドは切り出す。
「ロードは、何処へ行っていたんだ?」
答えが返ってくるまでには間があった。
「……家に、帰っていた」
彼はジェイドを見ずに、言い難そうに呟く。
目だけでしか見ることの出来ないロードナイトの表情はよく解らない。
しかしその横顔に複雑な感情が現れているような気がした。
「家に、何か用事があったのか?」
ジェイドが次の問いを発したのは、もう城下町を通り過ぎ、城へと続く道を半ばほど歩いた所だった。
「母の、命日…だった」
静かに。
何の感情も含めずに。
紡がれた言葉。
「私の母は、“晶角狼”を狩ろうとした“ヒュースト”に殺された」
「…え」
ジェイドは顔を顰める。
「勝手なことだとは判っている…だが、その時期は……誰にも会いたくなくなる」
「…そう、だったのか」
沸き上がってきた感情は同情だとかいう類のものでは決して無かった。
怒りのような、憤りのような、それでいて哀しいような、表現出来ない感情が込み上げてジェイドは目を伏せる。
「休みを貰って気を落ち着けようとしたのだが、不思議だ」
ロードナイトが呟く。
もう、城門はすぐそこだった。
「気がかりで、7日と経たずに戻ってきてしまった」
彼が見上げるのは、彼の居場所。
“何か”を変えようと、自ら選んだウィルベルグ城。
「話してくれて、ありがとう」
ジェイドの言葉に、ロードナイトが微笑んだ、気がした。

End


琳さんに「ロードナイトの秘密」というリクエストを頂いて書きました。
何だかとてもシリアスなお話になってしまいました。
リクエストに合っていると感じて下されば良いのですが…!!
ロードナイトのことについては「RED CROSS」の続編で詳しく触れたいです。
それにしても、書きあげるのが遅くなってしまって申し訳ありません…!!
なにはともあれ、琳さん、4444番を踏んで下さってありがとうございます!

2005.06.25