夏色の君

「あの、もしかしてこれをお探しですか?」
すっ、と差しだされた色の白い手。
顔を上げた瞬間に目に焼き付いた、眩しい光のような美しい笑顔。
明るい夏の日射しの中、君の薄青のワンピースが空に溶けてしまいそうで。
ああ、その瞬間、心を一筋の風が吹き抜けたようだと思ったんだ。

「…つまり、恋のハリケーンってやつやな…!」
「それじゃあ風強すぎやないか!どこまで飛ばされる気やねん!」
茶髪に黒目の少女、ムーン・ストーンの鋭いつっこみも、心ここにあらずといった様子の兄には大した影響を与えられなかったようだ。
ブラッド・ストーンは、ほう、と溜め息をついて、窓の外に視線をやる。
「なあ、兄、はっきり言ってええか?っていうか答え聞く前に言うけど、キモイわ」
「恋は人を変えるんや…」
彼はムーンを見ずに、しみじみと呟いただけだった。
「――――こんなんあたしの兄やない!つっこみ返してくるくらいやないと兄やない!」
やけに芝居がかったムーンの言葉には、もう返答も無い。
苛立ちが頂点に達したのか、ムーンはブラッドの服をひっつかんで振り向かせた。
「もうええわ!わかった!!」
「な、何やねん」
「兄のその恋、あたしが叶えてやろうやないか!」
「は、な、ななな何言うとるねん!!」
その一言に、ブラッドの頭も若干冷静さを取り戻したらしい。
大慌てする彼を余所目に、ムーンは不敵に微笑んだ。
「常日頃、あたしも称号が欲しいと思っとった所やねん。これをきっかけに“縁結びの女神”の称号を手にしたる!そして、いつものノリの兄に戻したる!」
「称号が先なんか!?」
いくぶんかつっこみの調子を取り戻したブラッドだったが、心底楽しそうに瞳を輝かせるムーンには届かなかった。

「……なんや、それ、あの子やないか!」
ブラッドの話を一通り真面目に聞いたムーンは、一言告げた。
「なっ、姉知っとるんか!?」
ブラッドは目をしばたかせて向かいに座る彼女を見る。
うっかり落としてしまった『噂情報ノート(別名ネタ帳)』を拾ってくれた名も知らぬ少女のことについて、姉は何か知っているとでもいうのか。
「蜂蜜みたいな黄色の髪に焦げ茶の瞳、そんでもって青ワンピースやろ?リリージア・アルメリアスっていうねん」
「アルメリアス言うたら、あの西方の貴族のかいな」
「そや。この前親父さんにくっついて城に来てたんや」
「何で姉がそんなこと知っとるねん」
「うちがたまたま通りかかったらな、むっつりに頼まれたねん。リリージアさんが親父さん待っとる間暇になるから、中庭まで案内したって欲しい言うて。歳もあたしらと同じやて」
相手について解っていささか満足げなムーンとは対照的に、ブラッドは深く溜め息をついた。
貴族の娘と城の侍従では身分の差がありすぎる。
所詮叶わぬ恋、会って話をすることももう無いと言ってしまってもいいだろう。
地位のある人なのだろうと朧気に思ってはいたのだが、明らかになってしまったが故に襲ってくる落胆。
「何凹んどるねん、兄!」
「べっこり凹むしかないやんかー…」
「あたしが居るのを忘れてもらっちゃ困るねん!」
得意気に、にやりと笑うムーン。
「実はな、明日また親父さんの用事でリリージアさんも来んねん。一緒に行動してやって言われとるねん」
「ホンマにか!?」
「ホンマのホンマのホンマや!この仕事、兄に変わったるねん!何事もまずは仲良うなることからや!」


******



リリージア・アルメリアスという少女には夏が良く似合うとブラッドは思った。
どこか儚げな印象を持つ色白の少女。
しかし、彼女の美しさは夏の景色の中でこそ引き立つのだ。
蒼色の空、大きな白い雲、みずみずしい鮮緑の木々、葉。
その中に映える、ゆるやかにカーブのかかった蜂蜜色の長い髪。
城の出入り口付近に、今日は白のワンピースの彼女が立っていた。
「こんにちはー」
ブラッドが精一杯の笑顔で声をかけると、彼女は見知った顔に驚いたようだった。
「あら、貴方はこの前の方?」
「そうですー、ブラッド・ストーン言います。言葉が少し訛がかっとると思うんですけど、気にせんといて下さい」
ムーンからのアドバイスその1。
『敬語は大事、しかし印象づけるために訛は隠すな!』
全くだと思いながらブラッドは脳内で反芻した。
「私はリリージア・アルメリアスと申します。よろしくお願いしますね、ブラッドさん」
反応は笑顔。
柱の陰から、ムーンが親指を立ててにやりと笑う。
言葉無きそのメッセージは恐らく、『つかみはオッケー!』。
「さて、リリージアさんは何したいですか?」
ブラッドはアドバイスその2を実行した。
『相手を立てつつ、さりげなくリードしたるくらいの度胸が無いとアカンねん!』
「ええ…と、私は……」
相手の答えが出てこないようなのを見計らって、ブラッドは提案する。
「今の時期は、中庭の噴水あたりが綺麗なんですよ。散歩とかはどうですかー?」
「あ、はい!」
嬉しそうなアルメリアスの笑顔に、ムーンは柱の陰からガッツポーズをした。

「今日も良い天気ですね」
少し緊張がほぐれてきたのか、外に出たリリージアが言う。
「お城の中はどこか少し、場違いな気がしてしまって…」
「そんなことないですよー。お偉いさんでも結構ええ人多いですし、そんなに気遣うことないですよ」
「あら、そうなんですか?」
形作った微笑みではなく、楽しげに笑う顔も可愛らしかった。
ブラッドは姉に感謝しつつ、リリージアと並んで歩く。
「……今まで戦争とか…色々なことがあってなかなか自由に出歩けなかったから、こうやって歳が近い方とゆっくりお話するのは久しぶりなんです」
だから今凄く嬉しいんですよ、と、ブラッドに軽く礼を言うと、彼女は見えてきた噴水に向かって走り出した。
風に吹かれてなびく、綺麗な長い髪。
ブラッドも後を追って、噴水の前で立ち止まる。
リリージアは噴水の縁に腰かけた。
水しぶきが顔にかかるのを、気持ちよさそうに拭う。
ブラッドがその仕草にみとれていたという訳ではないが、しばしの沈黙が流れた。
不意にリリージアの顔から微笑みが消えて、うつむく。
「どうかしたんですか?」
心配そうにブラッドが尋ねると、彼女はややあって顔をあげた。
「…実は、お願いしたいことがあるんです。突然こんなことを言うのは失礼だと解ってはいるのですが…」
「そんなの気にせんといて下さい。何です?」
彼女はじっとブラッドを見てから、言い難そうに口を開いた。
「……お会いしたい、方が居るんです」
朱に色づく頬。
何となく。
本当に、何となく。
それは直感でしかないのだが。
ブラッドは恋が破れる音を聞いた気がした。
「この前お父様についてこちらへ来たときにお会いした方なんです」
ピエロ。
ブラッドは心の中でその単語を呟いた。
そうだピエロになってやろう。
報われないことをしていると知りつつも、目の前の彼女がそれで笑ってくれるのなら。
「任しといて下さいな」
「ほ、本当に…?私。その方の名前も知らなくて…」
「オレを誰だと思っとるんですか。って知る訳無いと思うんですけど、城一番の情報通ブラッドっていったらオレのことですから!城の重役から掃除当番までデータはばっちりのような気がする!探し出してみせましょうー!」
「ありがとうございます…!」
リリージアはそっとブラッドの手を握った。
彼女の側から友情が芽生えた瞬間。
何かもうこれだけで十分だとブラッドが心底思った瞬間でもあった。
「あ、で、どないな人なんですか?」
「ええと……凄く気さくな方で、初対面の私にも軽く話しかけて下さいました」
「ふむふむ」
まず、仕事真面目堅物人間を削ってみる。
重役からエラズル、ロードナイトあたりが除外。
彼等に気さくという言葉があてはまるのなら無愛想な人間はこの世に居ない。
エメラルドは微妙なところだ、まだ残しておく。
「笑顔が素敵で、見ている私まで心が明るくなるような気がしました」
「成程ー」
ここで完全にエメラルドを外す。
むやみやたらと笑顔を振りまく彼など、想像しただけで怖すぎる。
「色々な方が暖かな目で見ていらっしゃいました。きっと、慕われていらっしゃる方なのでしょうね」
該当人物数名。
そして、極めつけの言葉が来た。
「肩ぐらいまでの茶色の髪が印象的でした…」
決定、それは一人しか居ない。
国王の近衛騎士アンバー・ラルジァリィ。
リリージアの気持ちも解らなくもない、とブラッドは思った。
確かに彼は凄く良い人だろう。
少々子供っぽすぎる面もあるが、責任感があって明るくて。
素直に負けを認めよう。とりあえず身長も勝てないし。
解った、とブラッドが告げようとした瞬間だった。
「それで、ブラッドさんに凄くそっくりなんです!」
「え?」
思考が一瞬で吹っ飛んだのをブラッドは自覚した。
「女性の方なんですけど、顔とか話し方とか凄く似てて…私、家が家なので回りにいるのは騎士や文官ばかり……同性の年が近いお友達が欲しくて…」
「解ったわ」
ブラッドは爽やかに微笑んだ。
「ええ、こんなに早くですか…!?」
「城一番の情報通をなめたらアカンねん。ちょっと目閉じて下さいねー」
言われた通りにする素直なリリージア。
ブラッドは、遠く木の陰から様子を窺っていたムーンに手招きした。

End


水琴さんより「ブラッドの恋愛模様」というリクエストを頂いて書きました。
こちらも大変長らくお待たせしてしまって申し訳ございません!
ラブ要素が苦手故に四苦八苦しながら書きました。
ああなんか、なんだか、こんなので良いのでしょうかと不完全燃焼気味。
ラブとギャグの中途半端という感じですね。目指せラブコメ。
とりあえず報われないブラッドでした。
リリージアは、とにかく「恋愛ゲームのヒロインっぽく」を目標にしていたりしました(笑)
水琴さん、3333番を踏んで下さってありがとうございました!

2005.05.25