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鉄拳制裁 |
それは全くの偶然だった。
図書室の整理も終わりに近付き、近衛騎士アンバーは長いハタキで棚上の埃を落としていた。
エラズルは寄贈された書物に軽く目を通し、どの棚へ並べるか細かな分類をしている。
早ければ明日にでも、長かった整理が終わりそうな目処が立っていた。
「アンバーっ、お昼いっしょに食べよっ!!」
階段の辺りから元気に呼ぶ声。
それがルビーのものであるとはすぐに気づけた。恐らくエメラルドも一緒に居るだろう。
アンバーは手を止め、答えようと背後の階段の方を振り向く――
確かな、手応えがあった。
「あ」
その言葉はアンバー自身と、それを見ていたルビーとエメラルドの口から同時に発せられた。
何か硬いものを右手に持つハタキが殴りつけた感触。
その位置にあるのは、頭。
ハタキの奇襲を後頭部にまともにくらったエラズルは、体勢を崩して前のめりになる。
同時に、手元が狂って彼が時間をかけて分けていた本の山も見事に崩れ去った。
机から落ちる本と舞う埃。そして静寂。
エラズルは頭をおさえつつ埃を払うと、無表情で振り向いた。
「…っと、わざと、って訳じゃ……」
「ええ、解っています」
恨み言を言われるよりも、淡々としたその言葉が恐ろしい。
ルビーとエメラルドが近寄ってきて、心持ち遠巻きに見ている。
「…その本、混ざった…よな、やっぱ」
「ええ。記録もしておりませんから始めからやり直しですね。まあ、一度見ているだけ早いとは思いますが」
「………」
何となく助けを求めてエメラルドを見るアンバー。
だが、彼は肩をすくめただけだった。
「昼食ですか?行ってきてはどうです?」
「…………解った、一発殴れ!!」
その提案に、エラズルはアンバーの顔を見上げる。
「そういう問題でもねえし、それで済む訳でもないってのも解ってるけど、気持ちとして、な」
「…いいんですか?」
「ああ。顔でも腹でも」
軽く笑って、王の近衛騎士は両手を体の横で広げてみせる。
正直なところ、エラズルに殴られたところで大した痛手にはならないだろうという思いはあった。
重い本を常に取り扱っているだけあって、細腕の割に力は強い。だが、それだけだ。
王宮魔導士と近衛騎士――基本的に鍛え方が違う。
「顔は勘弁してあげます」
エラズルはアンバーに歩み寄ると、慣れていないといった様子で拳を握り、アンバーの腹部へ手を伸ばす。
予想外の衝撃がアンバーを襲った。
思考の整理が追いつかない出来事に、アンバーはよろめいて背後の本棚に思い切り背中をぶつける。
アンバー同様の考えを持っていたエメラルドも、目を見開いて呆然とその光景を眺めていた。
「…僕の腕力では不足でしょうから、少々魔術で強化させて頂きました。これぐらいのほうがあなたの気も済むでしょう?僕は接近戦に慣れてはいませんから、滅多に使うことのない術ですが」
衝突の衝撃で揺れていた本棚から、本が落下してくる。
「その辺りは昨日あなたが片づけた本でしたよね?あなたが落としたんですから、責任を持って片付けなおして下さい。ここはあまりに埃が酷いですから、今日は僕も食堂へ行ってきます」
エラズルは慇懃無礼に優しい笑みを浮かべてから背を向けた。
エメラルドによって本の山から救い出されたアンバーは、色々な意味で圧倒的な強さを誇る王宮魔導士を見送るしかなかった。
End
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敢えてエラズルに殴らせてみました。
話的には物語後半部分。
大したネタばれも無いのでアップしてしまいます。
アンバーとエラズルの友好度やや上昇済みです。
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