緋色の雪

白銀の大地を赤々と照らし出す松明だ、と称した者がいた。
成程、男の髪と双眸は炎の色を灯している。
纏っているコートは、彼の領土を思わせる白色。
冬が長く、一年の半分近くを雪に覆われる北方の地にあっても、この姿は霞みはしないだろう。
「ハンネス公、貴方の仰りたいことは判りました」
机を隔てて来客用の長椅子に座る赤毛の男は、温和な微笑みを浮かべて答えてきた。
その整った造形を前に、彼が屋敷に訪れた時に女中共の表情が一変したことを思い返し、苦々しいものを噛み潰す。
アシンメトリーな前髪に、後ろ髪だけがやや長い洒落たセット。耳には赤に映える青い石のピアス。
それらを違和感無く纏うのだから、視線はこの男に集まる。
そもそも、三十にも満たぬ若年であの広大な領土を得たこの男、いけ好かないとしか言いようがないのであった。
「新王への不安や不満、反感を持つ諸侯が少なくないというのは私も存じております。貴公の領土のように、グリートの行き来を制限してきた土地では深刻でしょう」
「ああ、そういうことだ。そちらの領土でも、北の山脈の一角には魔族絡みの事情で立ち入れぬよう規制がかかっていると聞いているが」
「ええ、そうですね」
赤毛の領主は思案するように一瞬目を逸らし、今度は少し困ったように笑う。
「……ただ、我々の場合ですが、こちらが規制をかけているというよりは、どうもあちらの都合で行く手を阻んでいるようだと申しましょうか。その一帯は異常な程に吹雪の勢いが強く、巻き込まれでもしたらまず見つからないため、近付かないように勧告しているのです」
「それは、それは。また面倒な事態で」
「年に数人は犠牲者が出ていますからね。まあ……設けている以上、責任の所在は私にはありません」
尤もなことを言うものだ、と苦笑いの男を見やる。正論だが、人聞きは良くないだろう。
相手を選んで言葉を探しているのだ、と思えば、その適切な判断に更に苛立ちを覚えるのだった。
「ときに、ハンネス公」
「はい?」
「先程のお話ですが、私は些か……実行するには早いかと思いますが」
「……ほう。具体的にお聞かせ願いたい」
「今はまだ、新王の政になって一年。諸侯も、今後の方針を漸く固めていけるといった段階でしょう。新王がどの程度、こちらを寛容するか、或いは律するか、それもまだ定かではありません」
赤い瞳の男は淡々と言葉を繋げる。
「その時期だからこそ、貴公の話に賛同する者が在るのもまた事実というのは勿論、考慮の上です。しかし元より親王派寄りの者にこのような話を持ちかけて、徒に関係を悪くする方が得策ではないのでは、と」
「つまり?」
「私共北方に関しては、王家とは先代から良好な関係を続けております。相手方の出方を知る前に、こちらからその関係を覆すのはデメリットしかありません」
ギリ、と、無意識に歯が軋む。
先日も、協力は確実だと思われたところから手酷い返答を投げられたと聞く。
若く経験の浅いこの男であれば、少々良い条件を提示すれば丸め込めるだろうと見込んだ結果がこれでは、当初の計画は大きく狂いを見せることになるだろう。
「……他に、私のように答える者がいないとは思えないのですが……彼らは一体どのように?」
世間話でもするような問いかけは、全て見透かしているかのようだった。
返答をせずにいると、彼は懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
「ああ、申し訳ございません。予定の時刻になりました。私はこれから別にお会いしなければならない方がおりますので、ここで失礼させて頂きたく」
「……そうですか」
一言を絞り出す。
「御期待に添えるお返事ができず、申し訳ございません。レブラカント公にも宜しくお伝えください」
「――何、ッ……貴様、何故それを!?」
席を立った男に合わせるように、立ち上がってしまう。
この会話の中で、一度もその名前は出さなかったはずだ。
交渉が滞った場合、こちらの体系を全て知られては後に差し障る。今回は根幹であるその名を控えるよう進めたというのに。
北方を治めるウォルフロイト卿は、最初と同じように完璧な微笑みを浮かべ、質問を返す。
「それ、とは何のことでしょう? 私は今回、貴公のお親しい先方にお目にかかれませんので……ただ、御挨拶のつもりでしたが」
「――――!!」
「失礼致します、ハンネス公」
背を向けた男は、振り返ることなく退室した
後には、羞恥と苛立ちだけが残される。

「…………追え」
低くくぐもった声で命じると同時に部屋を出た従者は、吹雪に浚われたかのように、帰ることはなかった。

End


名前を出さずにキャラを描写する試みでした。
セカンドに登場する北方領主カルセドニーの、セカンド本編に入る前のイメージの話でした。
知将というか、キレ者の描写が本当に難しい…

2011.09.11