誰かが来たようだ

国王の秘書官サファイア・ヴィクテルは、廊下の端に置かれたノートに目を止めた。
無造作なそれは、誰かが置いたと言うよりは落としたと言う方が正しいだろう。
それが例えゴミであるにせよ廊下に放置しておく訳にもいかない。
サファイアは歩み寄ると、落とし物を手に取った。
カバーには「絵日記帳」の文字。
日記となると無許可で開くのは躊躇われるが、裏にも名前は無い。
心の中で誰とも解らぬ持ち主に詫びて、彼女はノートを開いた。
「…………」
「サファイア、どうした?」
廊下に立ち止まって動かない彼女を不思議に思ったのか、声をかけたのは通りかかった国王ジェミニゼル。
サファイアは彼を見、またノートに視線を戻して頷いた。
「陛下、春頃、私に日記帳を買ってくるように頼まれましたよね」
「……ああ、そんなこともあったかな」
「二冊、でしたよね」
「そうだ、ルビーの絵日記と、パオに…文字の練習になると思って勧めようと普通のものを頼んだと思う」
それが今頃何だというのか、王は不思議そうにサファイアと彼女の持つノートを見る。
どうぞ、とサファイアは彼にノートを手渡した。
「あの時確か、買ってきたノートは陛下にお渡ししました」
「…………」
ノートを開いたジェミニゼルもまた、先ほどのサファイア同様に言葉を忘れる。
予想もしていなかった絵日記の書き手。
「お店の方、同じカバーを付けて下さったので…」
「中身をろくに確かめずに渡してしまった、ような記憶があるな…」
そのまましば、2人は口を閉ざした。
本来文字日記を受け取るはずだった彼は、絵日記帳を受け取り「描かなければならない」と認識したのだろう。
最初の方には絵の練習がなされ、相当苦労した様子が窺える。
「…意外と、結構楽しんでくれた、かもしれませんよ?」
「……だといいんだがな」
絵は、初めこそ単に色を乗せているようなものだが、後半には画材や塗り方を変えたものも見られた。
自発的か必要に駆られてか、それは本人にしか解らないが、字にも絵にも少なからず上達が見られている。
「次は、解りやすい文字の日記帳を買ってきますね」
「お願いするよ」
残りページの少ないノートを静かに閉じると、2人はさりげなく元の場所に置いておくことにした。

End


「RED CROSS」連載初期から存在したこっそりコンテンツが漸く完結致しました。
このオチで纏めようと思いつつ十数ヶ月…放っておきすぎました。

「パオ日記」ということで、「RC」各話のパオの一言のようなものを載せてきました。
「絵日記」という設定で絵も載せていますが、あれがパオの描いた絵というよりはイメージ画像と思って下されば。
パオが絵を描くなら、もっと写実的なものを描くような気がします。
実際はどんな絵だったのかはご想像にお任せ致しますということで。
(しかし最初はパオの絵という設定にしようとしたせいで、デフォルメと雑の狭間の微妙な絵になってしまっていますね。手抜きという訳ではないんですよ…!)
話中姿を見せないことも多かったパオが、どんな風に考えたり行動していたりしたのか、その一端を描いてみたかったのです。
こいつ裏でこんなことしてたんだ、という感じに楽しんで下さったら幸いです。
そんなに隠れていない隠しコンテンツにお付き合い下さってありがとうございます!

2006.12.17